OITA WINDOW 大分の窓

 
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色と形と旅と日々––2010年代のこと vol.3

波多野樹(カモシカ書店スタッフ)

大分はのどかな街だ。

東京やニューヨークなどの巨大な都市と比べて人口もずっと少なく、当然人口密度も小さい。だから街を歩いていて、時間の流れがゆったりしていると感じる。

 

以前のエッセイで書いたように、まだ何も書き込まれていない余白がある。車や、電車やバスなどの公共交通機関を使って、1時間もあれば自然の豊かな地域に行く事ができる。高崎山や田ノ浦ビーチ、別府温泉は大分市から電車で3駅ほどで、すぐそこだといえる。文化的なことについては、東京などの大都市に及ばないが、それでも、書店、カフェ、バーなどのジャンルにおいて、個性的な店があちこちで静かに営まれている。

 

僕はそんな大分市という街が好きなのだが、ある日、のどかさとは対極にあるようなスピードのある街を訪れる機会がもたらされた。カモシカ書店店主・岩尾さんにニューヨーク旅行に行かないかという話を持ちかけられたのだ。

 

岩尾さんは大分県立美術館長(当時)であり、同時に武蔵美術大学の教授でもある新見隆先生と懇意にしており、新見先生のゼミの生徒の修学旅行に同行することになった。そのついでに僕やカモシカ書店の常連の方々を誘って下さったのだ。

僕はすぐに、旅に行くと決めた。

 

旅費は自費であったので、毎月の給料から少しずつ積み立てた。数ヶ月が経ち、無事に費用を払い終わり、なんとかニューヨークに飛び立つことができた。

 

僕のニューヨークへの印象を簡単に書いてみたい。

僕たちが宿泊したのはマンハッタンにあるウェリントンホテルという所で、僕たちの行動圏は基本的にその周りだった。多くの高層ビルが立ち並び、車や人々が、それぞれの迷いない明確な目的を持ってせわしなく動いている。ここで日夜莫大な経済活動が行われているのだなと感じさせるエネルギーが伝わってきた。

 

しかし、目的を持たない者もいた。街ではホームレスをよく見かけた。彼らは道端に座り、通行人に物乞いをしていた。

比べるのが妥当かはわからないが、大分にはホームレスがあまりいないと思う。

少なくとも、ニューヨークという街はエネルギーに満ちている反面、経済活動に参与できない者のための余白が無い、と言えるのではないだろうか(物価も高かったし、クレジットカードがないと利用できないサービスもあった)。これが僕のニューヨークの印象である。

 

美大生のゼミの修学旅行なので、今回はニューヨークの美術館を回るのが主要なイベントだった。メトロポリタン美術館、MoMA(ニューヨーク近代美術館)、ホイットニー美術館、イサム・ノグチ美術館を見て回った。

 

特にMoMAでは、一般展示されている近現代の抽象絵画を鑑賞するだけでなく、作品の修復作業を見学させていただいた。これは大変貴重な体験だった。

 

人は、何かを見ることを通じて、己に欠けているものに気づき、それについて痛みを覚えたりもする。

あちこち見て回って、美術館は作品の鑑賞と、それを通じての内省を行う空間なのだろうと思った。美術館とは不思議な場所だ。

 

もちろん僕の見たニューヨークは美術館だけではない。

自転車のレンタルサービスを利用して、ニューヨークの朝の街路を、車と並んで自転車で走った後、美味しいベーグルとたっぷりのコーヒーを朝食としていただいた事。

夢に出てくる迷宮のように狭くて長大な、ウェリントンホテルの赤い通路。

有名な老舗書店、ストランドブックスの最上階にある稀覯本のコーナー、高い洋書の棚。階段ですれ違った盲目のホームレスの男のにおいと、背負っていた大きなリュック。

書ききれないほどの光景を通り抜けた。これが僕の初めての海外旅行だった。きっとこれからも、折に触れて何度も思い出すのだろう。

 

旅から戻ってきてわかることがある。

ニューヨーク旅行はもちろん素晴らしい体験だったしまた行きたいと思うのだが、憧れを持って訪れた場所にも、一度行ってみると過度な期待は無くなってしまうし、そこにしかないと思っていたものが、自分が住んでいる土地で発見できたりする。

 

何より、生まれ育った、故郷としての大分の価値は代えがたい。良くも悪くも、大分には僕が抱いてきた感情の積み重なりがある。

 

この土地で生まれ、ずっと生活してきた僕にとっての大分と、人生の途中から大分に住むことになった人にとっての大分は、同じ土地であっても(優劣とは関係なく)全く違った意味を持つだろう。

 

そういった異なる感じ方をもつ人たちが会い、関係し合うことは、それぞれの人にとっての大分という土地の意味を変えていくはずだ。旅行と同じくらい、その土地に生きている他人と会うことは重要なのだろう。

人や店や美術館など、様々な要素が複雑に関係してできているひとつの街にいることで、僕は自由な気持ちになれる。それが街の良いところだし、僕が街を好む理由だ。

 

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