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【大分カイコウ寄稿】 海外クラウドファンディングプラットフォームKickstarterで3,200万円を集めた豊後高田市の奇跡<ワンチャー社 岡垣太造氏>

県主催のイベント「大分カイコウ」とコラボレーションをさせていただくことになりました。「大分で会いましょう。」は文化的な切り口、「大分カイコウ」はビジネス寄りの切り口で「関係人口」創出型の広報・支援を実施しています。

「大分カイコウ」では、大分で活躍されている方々のマッチングやコラボレーションを目的に、イベントを東京のSENQ霞が関と大分県内の2箇所で開催しています。

 

※今後大分で会いましょう。のサイトでは、「大分カイコウ」イベントの様子や参加者のインタビューを掲載していく予定です。

 

第一弾として、「関係人口」という言葉が生まれる何年も前から大分に関わり、移住され、大分に新しい価値を創造されてきた方のインタビュー記事を大分カイコウより寄稿頂きました。

 

 

 

大分カイコウとは

 

大分にゆかりのあるビジネスパーソン、これから大分に関係を築きたい人が集い、緩やかでかつ有意義なコミュニティ形成を期待して2019年から始まった取り組み、それが『大分カイコウ』である。

 

大分カイコウCaseでは大分カイコウに参加、賛同いただいた方の活動を切り取り、一つのケース(事例)として取材していく。

 

大分カイコウSalon#05登壇者の岡垣太造(おかがき たいぞう)さんは、大分県豊後高田市という小さな地方中小都市(人口5万人以下の都市の総称)に拠点をおく株式会社ワンチャーの代表。

気さくで朗らかな印象ながら、激動のキャリア・ご経験を持つ岡垣さんの魅力に迫っていく。

 

 

 

 

キャリアのスタートは”海外”、”砂漠”、”農業”、”インターネットのない時代の静止画像伝送システム”

 

岡垣さんのキャリアは砂漠での農業研究、そして砂漠へ行かずとも現地情報が得られるようにするための静止画像伝送システムの開発、から始まった。

農学系の学部を卒業し、順当に農業系のキャリアを築き始めるかと思いきや、早々に現代で言うところの『IT』系のキャリアを積み始める。

それは、生活エリアより物理的に離れている砂漠へわざわざ行かなくとも、現地の情報を得られるようにするためのシステム開発であった。インターネットが一般化する遥か前の時代に、電話回線を使って静止画像を送るというシステムの開発であった。

 

 

 

大分県でメロン栽培研究を始める

 

砂漠で身に付けた経験を持ち、次のキャリアではじめて大分県と関係を持つこととなる。そう、岡垣さんは大分県出身ではない。鳥取県出身の移住者なのだ。

 

湾岸戦争の影響をうけて、海外から大学の研究室へ戻っていた岡垣さんに、教授から相談が持ちかけられた。

そこで次のキャリアのテーマが「大分県宇佐市にある過疎地で高級メロンは作れるのか?」に決まった。

 

この実証実験では、画像を転送するための回線を引いている大手会社や、画像を撮影するための大手カメラ会社など、名の知れた大企業と連携を図りながら進める、農業×ITのはしりとも言うべきものであった。

結果として、宇佐の過疎地での高級メロン開発そのものには成功した。しかし、1玉2万円もの販売価格となってしまうメロンを、地元のお店やホテルなどで受け入れてもらうことができず、やむなく事業撤退となってしまった。

 

 

 

キャリアはカスタマイズパソコンの修理・販売、そして海外製品の輸入販売へと

 

次の仕事が定まらないまま街をさまよっていたときのこと、ふと目に飛び込んできたのが近所の電気屋に山積みにされたパソコンであった。即座に店の人に尋ねると、「プログラムの不調か何かでお客さんが捨てるに困って店に置いていったパソコンの山」であった。

店の人も捨てる予定、というゴミの山であったが、何かにピンときた岡垣さんは格安で譲ってもらい修理してみることにした。すると、過去の情報技術系の知見を持つ岡垣さんにとって、造作もなく修理することができてしまった。

それを、これまた過去の知見をいかしたパソコンの通信網を使って販売してみたところ、仕入れの何倍もの価格で次々に売れていった。しかし、事業として拡大していけばいくほど、同様のことをする競合他社が現れ、次の一手を考え始める。

ふと昔の海外時代のことを思い浮かべてみると、海外で販売されていた時計やスーツケースが、日本では海外の何倍もの価格設定で販売されていることに気が付いた。そして、海外から直接仕入れることができれば、日本の価格より安く販売でき、売れることを確信する。

ただ、パソコンの修理・販売同様、即座に競合他社が出てきてしまう息の短い事業を繰り返していた。

 

 

 

 

商品を手に取り喜ぶ人がいる事を想像し、商品開発を始める

 

そこから会社を起こすまでにはまだ時間がある。

中国に行った際に、中国人が万年筆を日用品として利用していること、日用品が故にリーズナブルな価格帯で販売されていることを目の当たりにし、中国産万年筆を日本で販売することを考えた。万年筆と言えば、当時の日本では現代以上に高級品・嗜好品の代名詞であった。

中国で仕入れた機能的に十分ながらもリーズナブルな万年筆は、日本の万年筆需要を喚起し、すぐさま売れ始めた。しかし、前例同様、すぐに競合他社が現れることとなった。

その後、それまでとは反対に、日本メーカーから仕入れた万年筆を海外に販売するようにもなり、ヨーロッパ方面そして中国へ販路を移していった。

 

ここまで、世界のどこかで新しい製品を見つけては、発展速度が著しかったインターネットを活用して、別のどこかの国・市場で販売する、という事業を繰り返してきた。そしてたどり着いたのが、「自分の製品で勝負をしたい」ということであった。

 

 

 

 

大分県豊後高田市にとどまる理由は何なのか?

 

「自分の製品を作る」ために、世界中から選りすぐって仕入れた万年筆の部品を、それまで住み続けていた豊後高田市で組み立て、日本市場や世界市場に販売するという事業が始まった。

事業の拡大とともに、1人、2人と手伝ってくれる仲間が増えていく中、経営効率を考えると大分県の中心である大分市や、それこそ東京などの大都市に移った方がいいのではと考えるのが普通である。

しかし、岡垣さんは豊後高田市を拠点とすることにこだわった。それはシンプルに、それまでやってきた事業を支えてくれた人、応援してくれた人が多くいるから、という理由からだ。

 

おそらく、不可能と考えられていた砂漠で農業をした経験がある岡垣さんにとって、「地方では新しいビジネスはできない」、「地方では世界と関わる仕事ができない」のような一般通念への反骨精神のようなものがあったのではないか。

 

『できないと思われている場所で成功させる』ことにかける思い、そこで得ることができるワクワクや楽しさが岡垣さんの原動力であり、豊後高田にとどまり続ける理由なのだ。

 

 

 

 

クラウドファンディングは資金調達のツールではない

 

「自分たちの製品」を企画開発して販売する事業が拡大し、いよいよ株式会社として法人を立ち上げることとなった。

会社立ち上げや新規事業のために、政府系金融機関からの借入、県や市からの補助金などの資金調達を行い、『株式会社ワンチャー』が設立された。

そして、会社として事業を拡大していく中でスタッフから提案があったのが海外クラウドファンディングサービスKickstater(キックスターター)であった。

結論から言えば、漆などの装飾が施された万年筆を販売するためにキックスターターを活用し、現在までに3,200万円もの支援金を集めることに成功した。これは現在でも、世界の文房具分野におけるクラウドファンディング支援金額の最高金額だ。

大分県の田舎から、世界一の結果を出すことに成功した瞬間である。

 

ただ、岡垣さんはクラウドファンディングが簡単にお金を生み出してくれる装置ではないことを本能的に理解していた。過去に様々な製品を販売して築いてきた何千、何万もの顧客・ファンがいたからこその結果であると言う。

 

「今まで培ったものをそこにフィードバッグ出来るものがクラウドファンディングだと思っています。インターネットの場合そこに吸引力が生まれると流れができ始めます。その最初の吸引力を作るために今までの取引させて頂いた方々へクラウドファンディングを通じてアプローチし、その後その流れが新しいお客様へ伝播していくということです。」

 

 

 

顧客だけでなく、スタッフをも引き寄せる岡垣さんの魅力とは

 

ワンチャーでは、立命館アジア太平洋大学(通称:APU 別府市)の学生インターンや卒業生を積極的に雇用している。求人を出して雇用しているのではなく、ワンチャーの、そして岡垣さんの求心力に吸い寄せられ、地元だけでなく留学生として日本に来た海外の方が次々に仲間になっていった。事実、スタッフの8割以上が海外国籍の方だ。

特にAPUの学生は一度就職などで東京に移ったが、学生時代に住み慣れた大分に戻ってくるケースが多く、事実ワンチャーにもそのようなスタッフは少なくない。

また、過去にいた仲間の中には結婚と同時に母国である中国へ帰るものの、引き続きワンチャーの仕事に携わりたいということで中国に自分の会社を立ち上げ、今でもワンチャーと協業・取引関係を構築している。

 

 

 

 

豊後高田市の奇跡

 

2014年頃より「地方創生」という言葉が出てくるようになり、地方に事業を興す動きもますます活発化してきている。

地方創生という言葉が生まれる何年も前から、人口2万人ほどの豊後高田市を拠点に活動を続け、世界に認められる製品を作りつづけるワンチャーは、「豊後高田市の奇跡」と呼ばれるにふさわしいチームである。

この奇跡も「これまで支えてきてくれた人が近くにいるから」という理由で豊後高田市に居続けることを選んだ決意や、そこに蓄積されていった地域の熱意の元に起こっているのではないかと思う。

 

 

 

 

地方に必要なのは、人を引き寄せることができる人

 

「関係人口」という言葉が生まれ、世の中で使われるようになったのは2018年頃からだ。関係人口とは、ざっくりと「地元民ではない、何かしらの経済活動をもってその地域に関係する人」という定義になる。

そこで思い起こしていただきたいのが、岡垣さんのこれまでの「大分県」での活動だ。

そもそも、岡垣さんご自身が大分県民ではない移住者である。そして、面白い仕事・価値ある製品を生み出し続けることで、大分県に、もっと言えば豊後高田市へ、日本だけでなく世界中の人を寄せ集め、関係性を構築し続けている。

 

岡垣さんのような「人を引き寄せることができる人」の存在が、地方創生や関係人口といった地域それぞれが自立していくための活動に不可欠であることは間違いない。

 

大分に「人を引き寄せることができる人」がもっと増えていくよう、一人でも多くの方が大分カイコウを通じて岡垣さんとの邂逅していただけるよう、大分カイコウSalon#05(SENQ霞が関,2020年2月13日開催)起点の活動を応援していく。

 

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