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僕がここにいるのは

岩尾晋作(カモシカ書店店主、「大分で会いましょう。」コーディネーター)

 前回、当プロジェクトのプロデューサー松田朋春さんが「大分的生きやすさ」について書いてくれた。

言語化しにくい大分の空気や、大分に住む人が実感する大分のいいところを見事に捉えていて、素直に嬉しかった。

 

 ところでそもそもの話だが、人は本当に生きにくいところでは生きないものだ。当たり前だが日常的に海中や地中や大気圏で暮らしている人間は皆無だ。宇宙空間に暮らす人は若干いるが、それでも宇宙船の中からわざわざ宇宙空間に出て暮らす人は皆無である。それに幼児が常日頃から、「生きやすいなあ」と思いながら暮らしているとしたらどこか不自然だ。だから人はきっと「生きやすさ」を感じるには、なんとか生きることが可能な程度の「生きにくさ」を感じた経験が前提として必要とされる。論理的には「生きやすさ」について考えたこともない大人がいたら、その人は最も生きやすい人間であるだろう。

 だけどそんな人間はいない。生きるというのは「生きにくさ」を知っていく営為なのかもしれない。少なくとも人は生きている限り「生きにくさ」をひたすらに避けているわけではない。

 

 僕は東京がとても好きだ。12年住んでいた間に何度も大分に帰ったりよそに行ったりしたが、羽田空港に降り立つと心から安堵したものである。空港からモノレール、それから中央線に乗ったら日常が僕を浸してくれるのを感じた。そして西荻でビールを飲む。その瞬間が最高だった。

 実は東京を「生きにくい」と思ったことがない。もちろん生きる上で僕なりに「生きにくさ」を感じてはいた。でもそれは東京には何の責任もない。僕は単に、社会の中での自分の在り方、そしてそもそも社会というものに対して「生きにくさ」を感じていたのだと思う。その意味では18歳まで暮らした大分のほうがよほど生きにくかった。

 

 「地獄とは他人のことだ」とある哲学者の有名なセリフがあるが、人は社会から逃れることはできない。田舎でも都会でも、人の繋がりを断ち切って暮らすことは難しいし、「繋がりを断ち切る」ことが出来たとしても社会から完全に逃れたことにはならない。断絶を継続するには常に社会を意識しなければならないからだ。だからむしろ、「この世とは、地獄のこと」なのだ。

 だけど、ここが地獄で何が悪いというのだろう?

 

 誰かを大分に移住させようとしているとする。そのときに「大分は生きやすいよ」と勧誘したとする。すると当然「どういう風に生きやすいの?」と返ってくるだろう。それを説明するのは難しい。その人の「生きにくさ」がどういうことから来ているのかを理解しなければならないからだ。

 「生きやすいから」という触れ込みだけで移住してくる人がいたら、その人は相当なうっかりさんと言わざるを得ない。だが「大分的生きやすさ」は確かにある。それは大分での苦悩と苦闘の最中にふと息がつける瞬間に、その人に「美」が宿るからだと思う。僕は前回「地方」という呼び方にどうも邪なニュアンスがあることについて書いたが(「ぼくたちはどこで生きるか」)東京的「生きにくさ」とちょうど凹凸を重ねるようにして我々の地方的「生きにくさ」もある。東京の人口過密によるトラブルと地方の人口減少による課題等は、常に表裏一体である。

 

 人間が生きていたらいつも何か問題はある。解決しようとして新しい問題にぶつかることなど日常茶飯事である。でも人は、そのような問題から、完全に開放されることを、果たして本当に望んでいるだろうか?

 

 うまく言えるかわからないが、僕に言わせると「大分のこの生きにくさがとてもいいんだよね」ということになるだろう。放っておけない課題を見つけて、必死に取り組んで、少しずつすこしずつ世界が変わっていく、そういう実感を信じることができるのが僕の大分だ。僕が18歳の時と大分は根本的に変わってはいない。そして18歳の僕には何の責任もない。だけどこれからはそうじゃない。「生きにくさ」を取り除くことは今の僕にもできないけど、意味を持たせることはできるかもしれない。少しの実現できることと、多くの頓挫があるだろう。

 たぶんそうやって汗かいて生きていくことに価値を感じられること、意味を信じることができること、それが大きく言うと「大分的生きやすさ」に繋がっている。そして同時にそれこそがこの時代に要請された最先端の感覚なのだと思う。それは苦悩の末、牧歌的なカタルシスがある、という映画みたいな2時間の物語じゃなくて、今日よりも明日をよくしていけるんだ、という何十年も継続可能な希望であるからだ。

 

 この世はきっと永遠に地獄なのだから、それでいいと思う。だからこそ小さくも、そっと照らしたいことがあるし、死後もなお、人を照らすことができる人生に強烈に憧れる。

 人生はそれ自体が逆境だ。だからこそ、自分だけの跳躍がある。「大分的生きやすさ」に刹那、美しさが宿るのだとしたら、きっとそのことと無関係ではない。