OITA WINDOW 大分の窓

国東半島の神々しい風景
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大分の最初の思い出

市川靖子(株式会社いろいろ代表、「大分で会いましょう。」ディレクター)

はじめまして。

「大分で会いましょう。」プロジェクトの言い出しっぺの市川靖子です。

 

国内各地で開催される芸術祭やアートプロジェクトの広報を統括して日々暮らしています。

今回のブログでは数年前、大分に関わった最初の日に起きた不思議なできごとを綴ります。

 

 

初めて本格的に大分と関わりを持ったのは2013年の秋のことでした。

国東半島芸術祭の県外広報と、OPAMの開館広報を担当することになり、打ち合わせのためにスタッフとともに大分入りした印象深いあの日のことを、お話ししましょう。

私たちは空港で車を借りてまずは豊後高田に向かい、そのあと大分市内に移動する予定でした。

カーブの多い山道でも順調に運転をしていたのですが、修正鬼会や今では現代美術作家の宮島達男さんが作品をが設置したことで有名になった成仏地区を過ぎ、両子山の手前あたりでしたでしょうか、人生初!車がパンク!!

この辺りはほとんど人が、いえ、車がほぼ通らない山道で、助けを呼ぶにも携帯は圏外だしどこにいっていいのかもわからず、

「マジやばい」

を連発し、車の周りをうろうろ(携帯の電波を探す姿を想像してください)していたのを覚えています。

 

そしてどのくらい経ったでしょうか。

(私は2時間くらい途方に暮れていたと思っていましたがスタッフ曰く、20分も待ってなかったですよ、とのこと)

 

私たちの横に軽トラがささっっっと現れて、おじさんが2人車から降りてきて何かを喋りながら(何かはわからないのですが後でよく考えたら方言が強かっただけ)、私たちのパンクを直し始めるではないですか。

そしてささっっっとパンクを直して「じゃあな」と言ってまたささっっっとどこかに行ってしまったのです。

 

「お礼をしたいのでお名前だけでも~!!」と車の後を追ったのですがそのおじさまは「いいから、いいから」と軽く手を振りながら去ってしまった。

 

私たちはしばしぽかーーんとしていたのは言うまでもありません。

 

で、あ、そうだ、打ち合わせ遅れちゃうじゃん、と慌てて豊後高田に向かったのでした。

 

夜、スタッフと二人で今日起こったことを振り返り、あのおじさん2人、神だったんじゃないかな、という結論に至りました。

国東だしね。なんか納得、納得。

 

その後、国東半島の滞在中、カメムシの大群に襲われたり、綺麗に記憶をなくせる焼酎を見つけてしまったり不思議なことがたくさん起こりましたが、一応無事に大分での初仕事の任務を終えました。

 

結局のところ、国東半島芸術祭は目標数の2倍の来場者を迎えとても高い評価を獲得しましたし、東京で行ったOPAMの開館記者会見には100人近いプレス関係者を集めることができました。

あの国東で出会ったおじさんの神様が後押ししてくれたのかもしれません。

 

国東半島の神々しい風景

 

それから2015年の別府での混浴温泉世界や今年の国民文化祭の広報も携わることになり、「大分で会いましょう。」にもつながっていくのですが、もともと東京生まれ東京育ち、両親も祖父母も東京だったので「帰省」とか「田舎に帰る」という概念が全く無い家庭で育った私にとっては、すでにこの時点で大分が故郷のようになっているわけで、たまに仕事という意識がすっかり抜けてしまうことも最近では多々あります。ごめんなさい。

 

ところで。芸術祭などの大きなプロジェクトは準備も含めておおよそ足掛け1~2年くらいその地域に通うことになります。

おのずと行きつけのバーや、お気に入りのスーパー、そして一番大切な心置きなく話せる友人ができてしまうので、プロジェクトが終了した後もなんどもその土地に遊びに行ったり人に会いに行ったりすることが増えてきます。人との関係性がプロジェクト前より深くなることもしばしば。

 

国東成仏エリアで私がハマった胡椒餅。地域の方々が焼いてくださいました。

 

人に会うために帰ってくる、これって、帰省って、こんな感じ??素敵!

 

今年の春ころでしょうか。

大分での仕事が増えるにつれて、頭の中もおかしくなってきて、大分に仕事で行く前日は遠足に行く子どもと同じ嬉しくって眠れなくなったり、飛行機の窓から姫島あたりが見えてくると、国東半島全体が私をウェルカムしているような錯覚に陥ったり、さらには山の木々葉っぱひとつひとつが「おかえり」と言っているように聞こえてきたり、一歩間違ったら「やばいこの人」の域になるまで大分愛にどっぷり浸かっていた時期もありました。

「帰省サイコー!」「実家(ないけど)っていいよね」と多幸感満載で大分に足繁く通って大分愛がMAXになったところで、「大分で会いましょう。」のプロジェクトがスタートしたのです。

 

ところが!!!!!

 

【その愛は消えてしまうのか??またはもっともっと深くなっていくのか?? …続く】

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