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逃避と街と人と世界––2010年代のこと

波多野樹(カモシカ書店スタッフ)

大分市中心部という街に「住んで」いる1人の若者として、「街」との出会いや、それからの変化について書きたいと思う。

 

高校を卒業してから、アルバイトをしている書店が市街地にあることもあって、僕は街(大分市中心部)によく出かけるようになった。

最近は生活している時間の大半を街で過ごしている。

街では、アルバイトの他には、本を読んだり他人のTwitterのつぶやきを眺めたり考えごとをしたり、友達と電話をしたり、たまに会って話したりするなどしてのんびり過ごしている。

 

2月末から3月頭には武蔵野美術大学の教授である新見隆さんや彼の持っているゼミの生徒の方々に混じって冬のニューヨークの美術館を回ったり、4月から5月には熊本在住の作家、坂口恭平さんを呼んでライブイベントを企画・開催してお客さんを呼んだりしていたけれど、最近はあまり活動的とは言えず、またこういった楽しいイベントを企画しなくちゃなと思っているのだけど、こうしてファミレスなんかでぼんやりと穏やかに過ぎていく時間も好きだな。

(閑話休題。話を街との出会いに戻そう。)

 

街に出かけるようになったのは高校生の時からだ。

 

当時の僕は学校の勉強にあまり熱心になれず、だからといって部活に励んだりそこで友人を作るわけでもなく、あまり現実に適応できていなかった。

そんなぱっとしない現実から逃げたくて、空いている時間にはジャンルを問わず気になった本を読んだり映画を観たり、音楽を聴くように努めていた。

 

最近はあまり読んでいないのだけど、高校生の時には小説をよく読んでいた。中学3年から高校1年にかけて村上春樹にハマり、著作のほとんどは読破してしまった。

それからはアメリカ文学の古典に少しだけチャレンジしてみたり、現実にも目を向けなきゃいけないという気持ちになって評論を読んだりもした(評論が現実を反映しているかはわからないけど…)。

でも何より、高校時代の読書では村上春樹を中心として、「物語」に慰められていたと思う。現実世界からの負荷を、「ここではない世界」の存在をありありと感じさせてくれる物語が緩和してくれていたのだ。

そして、ある程度の分量の物語を読んだ蓄積は、僕の人間性の根底的な部分を(いい意味で)複雑にしてくれたと思う。

 

昔から本を読むことは好きで、本は自分の感受性や物の見方、考え方を豊かなものにしてくれたと思っている。

それだけでなく、本を介して色んな素敵な人たちと知り合うことが出来たし、多くはないけれど友人も作ることができた。

ただ、そういった人たちと出会う為には本を読んでいるだけではなく、そのための場所が必要だった。

そして街が、僕にとってその役目を果たしてくれた。街には、SNSとはまた違う「出会いの場」としての機能が、まだ有効に働いていると思う。

 

休みの日には家にこもって過ごすことが多かった。

しかし、日中に自分の部屋に何時間も居続けるといつのまにか閉塞感が発生してくることに気づく。そうなると、なぜか読書を含めあらゆることが手につかなくなる。

僕は、多少億劫さを感じながらも、着替えて部屋を出て自転車を走らせて(電車代を浮かせたかったので。当時は高校生で本当にお金が無かった)街へ出ることが増えていった。

 

自覚は無かったのだけど、本を読んでいても消せない寂しさがあったのかもしれない。だから無意識に、人とのつながりを求めて街へ出かけていったのだろう。

街に出ると、当然ながら沢山の人がいる。そしてその誰もが僕と知り合いではない。街の空気感。学校とは違う、その距離感と他者の存在感が形成する空気は当時の僕には心地よかった。その雰囲気だけで寂しさは幾らか緩和されることがわかった。

 

それまでは街に出て遊ぶということを殆どしてこなかったので、街は知らない場所だらけで、どこを歩いていても新鮮な印象が感じられて、それだけで楽しかった(今でも散歩は楽しい)。真っ白なキャンバスにこれから絵を描いていくんだ、という期待感があった。

 

街では、はじめは誰もが知っているような店に行った。ジュンク堂の棚をひらすら徘徊して、惹かれる本を選んで買って、ドトールやスターバックスに入って読書をするといった事を繰り返していた。

ジュンク堂書店が入っていたフォーラスというビルがあって、そこに入っていたスタバが好きだった。一階と二階があり、狭くはないけれど広すぎもせず、暖色の暗めの照明も相まって落ち着ける雰囲気の空間だった。(残念ながらフォーラスはもうなくなってしまって、その土地には最近OPAという食品を専門に扱うビルが建った。)

そのうちに、今度は大きなビルの中にあるようなメジャーな店だけでなく、個人が営んでいる小さな、面白い店の存在を知って通うようになっていった。

 

僕が出会った店はいくつかある。そんな出会いを代表するものとして、今回はカモシカ書店をあげたい。

カモシカ書店は大分市中心部のアーケード商店街のビルの二階にある本屋である。新刊と古本両方を扱い、カフェスペースも併設している。(ちなみにカモシカ書店は僕が今アルバイトをしている店でもある)

カモシカ書店に入る鉄の扉を開いたときの印象は今でも忘れられない。オレンジ色の穏やかな照明とそれらに照らされた書棚と赤い床、それらを知覚するのと同時に僕はここはこれまで見てきた場所とは全く別の世界だ、と直感したのだった。

 

そういった店は、本屋であったり、喫茶店であったり、映画館であったり、居酒屋(?)であったり形態は様々だったのだが、どの店にも、それを作った人間の思想や感性の存在をはっきりと感じ取ることができた。

店の中の細部を観察していると、そこに厚塗りされた様々な個性の色を読み取ることができるような気がした。

面白い人と出会うのはもっぱらそういう場所でだった。

 

高校に入学したときには、放課後や休日にやることや過ごす場所の選択肢が少なくて、世界がなんとなく無味乾燥なものに感じられていた。でも、様々な人が行き交う街という空間に出てから、色んな人にあって会話をしたり、面白い場所を見つけて出入りしているうちに、だんだんと世界に色がついていった。

 

自分が今居る場所(高校)が辛くても、街には価値観も空気も全く違う別の場所がある。そのことが当時の僕を随分と楽にしてくれたのだ。

 

今回は、僕の街との出会いについて書いたけれど、これからここでは僕が出会った大分の街の好きな場所や過ごし方、その中で思ったこと、感じたことについて書いていけたらと思います。

 

それではまた。

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